「永住資格取消制度について」
弁護士 三木 恵美子
元々、日本国籍を有しない人が日本に滞在したり生活したりするためには、必ず、何らかの「在留資格」が必要です。例えば、横浜開港に先だって清朝時代の中国大陸・台湾から渡って来た人たちの子孫は、170年余りも日本で暮らして中華街を形成・維持しているわけですが、帰化して日本国籍を取らない限り、特別永住ないしは一般の永住者という在留資格、あるいは働くことを目的とした在留資格によって管理されています。日本の植民地とされた朝鮮半島から日本に渡ってきた人やその子孫は、川崎をはじめとして神奈川県内各地で暮らしているのですが、同様の立場にあります。
日本で中長期的に暮らす外国人は350万人に迫ろうとしていますが、そのうち、特別永住の人はつとに30万人を割り込み、一般の永住の在留資格を持っている人は90万人にも達しません。そもそも、何故この程度の数になるかというと、一般の永住が許可される要件が、厳格だからです。すなわち、「素行が善良であること」と「独立の生計を営」めること、及び「日本国の国益に合致すること」が要件となっているからです。素行の善良性という点でいえば、駐車違反でも故意犯なので問題視され、罰金以上の刑罰を受けていれば不可です。独立の生計を営んでいると評価されるためには、自分自身が倹約して生活しているというのでは足りず、一定程度の収入や貯蓄があることを証明する必要があります。更に、国益合致の要件として、10年以上継続して日本で生活していること、げんに有する在留資格の定める最長の在留期間を持っていることに加えて、国税、市民税等の公租公課、健康保険料と年金の支払いの滞納がないことを、公的な証明書を3年分提出する形で立証しないと、永住が許可されません。
この度の入管法の改正では、以上の条件を満たして永住を許可された人々に対してまで、許可の後になって生じた事情を理由として許可を取り消す制度が創設されました。
しかし、許可した後に取り消さなくてはならないほどの問題が、現実に、どのような案件で、どのくらいの規模で生じているのか、立法事実が明らかになっていません。例えば、永住許可後に凶悪犯罪を犯した人がまとまった人数いるとか、永住許可後は脱税を意図的にしている人が多数摘発されたとか、そういう具体的な問題は、国会の審理でも明らかにされませんでした。
そもそも、改正前の法律で1年を超える実刑に処せられたり薬物犯罪を犯した場合は、誰でも退去強制処分の対象になっていますから、この度の取消の対象となる人は、それよりも軽い犯罪を犯した人ということになってしまいます。しかし、それでは、裁判所が執行猶予の判決を出した意味がありませんし、そのような人まで日本から追い出す必要があるのでしょうか。
また、脱税をした人に対しては税法上の追徴をきちんと行ったり、差し押さえや競売をして回収する必要があり、年金や保険料も、生じた損失を現実に回収することが必要です。その人を日本社会から追放することによって、損失は埋められません。
このような批判があったためか、今年8月15日の時点で、出入国在留管理庁は、「永住許可制度の適正化Q&A」を発表しました。この中では、まず、特別永住は対象とならないことを冒頭におき、あたかも一般の永住者との分断を図っているかのようです。そして、一方において、軽微な犯罪は対象にしないとか、住民税や年金の支払いを怠ったとき自治体職員などが入官庁に通報することはできるが通報義務があるわけではないとか、大きな制度改革ではないという説明をしています。しかしながら、他方において、支払い能力があるのに税金を払わない人を取消の対象とすると強調し、比例原則に反するのではという批判に対しては「適切な在留管理を行う」と開き直っています。もっとも、取消の対象となる滞納の金額や期間などの例示は一切ありません。
結局、この度の改正の狙いは、萎縮的効果なのでしょうか。
このような法律を定めることは、既に日本社会の構成員になっている人々の期待を裏切り、更には、これから日本社会の構成員になっていこうとする人を減らすことになります。
これこそ、日本の国益に反することだと、私は考えます。
(神奈川県弁護士会発行「人権ニュース」2024年1月発行より転載)