コラム

仙台高裁にて逆転無罪─99.8%の有罪と0.2%の無罪─  【2022年事務所ニュース新春号】

弁護士  辛 鐘建

 2021年3月、東京で働く同期から、仙台の韓国領事館の依頼で青森刑務所に勾留されている韓国人夫婦の事件を一緒に受けないかとの電話が舞い込んだ。地裁では国選弁護人が選任されていたものの、韓国語が話せる弁護士を強く希望し、領事館を頼り私たちにたどり着いたとのことであった。
 罪名は、「覚醒剤取締法違反及び関税法違反事件」。
 夫婦で韓国から約3キロに達する覚醒剤を輸入したとして、すでに青森地裁で裁判員裁判を終えており、重い実刑と罰金の判決が下されていた。
 夫妻は、夫が出張先の南アフリカから持ち帰ったビジネスバッグ(2個)を、日本の仕事相手に渡すために日本に入国したところ、空港で逮捕され、ビジネスバッグの中身が覚醒剤であったとは知らなかったとして覚醒剤密輸の故意を争い、無罪を主張していた。私は妻の弁護人に就くことになった。

 日本の裁判制度上、地裁判決に不服がある場合は高等裁判所に控訴することができる。
 民事事件の場合には高裁でも主張立証を追加で行うことができるが、刑事事件の場合は、原則的に一審で提出された証拠だけに基づいて地裁判決が妥当かどうかを審理する「事後審」となる。つまり、地裁で提出できなかった「やむを得ない」事由がない限り新たな証拠を提出できず、すべての力量は、地裁で提出された証拠に基づいて地裁判決が明らかに誤っているか否かというところに注がれる。

 私は、地裁が認定した判決文に対して、妻はビジネスバッグの中身は知らず夫の仕事に関連する物であると認識していたこと、それに疑いを持つ余地がなかったこと等を主張した。
 高裁では、弁護側の主張を概ね認め、長年の夫婦間では妻が夫の説明を受ける中で仕事で渡すものだという結果だけを受け入れることはあり、夫から受けた説明でもビジネスバッグの中身が違法なものである可能性を認識することはできないと認定され、妻には覚醒剤密輸の故意がなかったとして無罪を言い渡した。

 無罪が言い渡された妻は、3日後にはチケットを手配し韓国に帰国することができた。久しぶりにオンラインで顔を合わせたときには、少しふっくらとして健康そうに見えた。
 嵐の松本潤さん主演の「99.9」というドラマが映画化もされ、日本の刑事事件の有罪率がよく注目されるが、2020年の高裁での有罪率は99.8%、無罪率は0.2%(5332件中12件)だそうである。
 日本の有罪率が99%を越えることは、司法に対する確実性が高く信頼できるとの見方もできる。しかし一方で、人が人を裁く必然として冤罪を生まないとまで言い切れない限り、脆さがあることはを前提にしなければならないことを肌で感じた一件だった。