未完成という幸せ 【2023年事務所ニュース 夏号】
弁護士 小島 周一
事務所ニュース2022年新春号で紹介した母の本「クレヨンで描きませんか」は、構想してから2021年6月の出版まで8年以上もかかっている。実は、出版の5年前には、絵も文もほぼ完成し、「あとは自分の足跡の部分と、『はじめに』の文章、そして表紙の絵だけ」となっていたのだ。しかしその最後の一歩が進まない。2020年6月に肝硬変・腎臓障害が発覚して入院したときには、さすがに「出す」と言ったので出版社に連絡をしたが、その3日後、「少し手を入れたいのでなんとしても出すな。」との手紙。
ようやく出版にこぎ着けたのは、母が有料老人ホームに入所して10ヶ月後の2021年6月だった。こんな母を見ていて、つくづく思ったことがある。
母にとっては「創造活動をしている時間」こそが至福の時間。「これが完成したらどんなに素晴らしいものになるのだろう」と、想像と期待の翼を思い切り広げられるのは、本が完成のちょっと手前にあるときなのだ。
完成すると、良くも悪くも「そのもの」が現実の存在として現れるので、「未知なる素晴らしいもの」へのわくわく感がなくなってしまう。きっと母は、それを無意識のうちに避けていたのだろう。
母は、出版後、多くの読者から寄せられた感想文を嬉しそうに何度も読み返す日々を送り、出版約1年後の昨年8月に97歳の天寿を全うした。