コラム

シークレット・レース   【2023年事務所ニュース新春号】

弁護士 向川 純平

 表題の書は、元自転車競技プロレーサーのタイラー・ハミルトンが、ライターの協力を得て、自転車競技界に蔓延るドーピングの実情を克明に記したルポルタージュである。
 氏は、競技生活を続けていく中で自らもドーピングに手を染めることになり、検査官や報道の目を掻い潜って組織的に行われるドーピング行為とそこに至る心情が詳細に記されている。自転車競技界のドーピング事情は社会問題となり、氏の元チームメイトであった、ツール・ド・フランス7連覇の覇者ランス・アームストロングまでドーピングに手を染めたことが発覚する。ランスは結果として7連覇の称号を剥奪されるに至った。
 ドーピングをするなんて、狡猾な行為なんだろう、という単純な感想でしか物を見ていなかったが、勝ちへのプレッシャー、組織的に行われる行為、そこに至るまでの心理的な描写は、ドーピングという行為は、スポーツを行う誰しもが落ちうる陥穽ではないかと感じさせる。「あなたなら、どうするだろうか?」という終盤の問いかけも重い。
 現在もアスリートのドーピングが報道を賑わせることがある。世界アンチドーピング機構によりドーピングに関する世界統一の詳細な規定が制定されているが、それらの手続きに対し、当事者のアスリートが自国の弁護士を依頼しているようだ。特殊な世界の特殊な法であるが、こういうところでも弁護士は活躍している。

 (タイラー・ハミルトン、ダニエル・コイル著「シークレット・レース ツール・ド・フランスの知られざる内幕」(小学館文庫2013))