27回目の坂本弁護士一家慰霊の旅 【2024年事務所ニュース 新春号】
オウム真理教被害者の代理人として活動していた当事務所の坂本堤弁護士は、1989年11月、妻都子さん、長男龍彦ちゃん(当時1歳)とともに自宅から忽然と姿を消し、多くの人による必死の捜索活動もむなしく、1995年9月に、新潟県上越市名立区の大毛無山(坂本弁護士)、富山県魚津市の僧ヶ岳(都子さん)、長野県大町市の湿地(龍彦ちゃん)で、私たちと悲しい再会を果たしました。
1997年、最大・最悪の弁護士業務妨害事件である坂本弁護士一家事件を決して忘れてはならないと、日本弁護士連合会、横浜(現神奈川県)弁護士会、地元弁護士会と「坂本弁護士と家族を救う全国弁護士の会」連名で、それぞれの現地にメモリアルが設置されました。以後毎年、救う会のメンバーを中心に慰霊の旅が行われ、当事務所の所員も参加してきました。
2023年8月、日弁連小林元治会長が、日弁連会長としては初めて、この慰霊の旅に同行し、3現地を回ってくださいました。当事務所からは、救出活動を担ってきた小島弁護士、芳野弁護士、杉本弁護士、そして入所一年目の広谷弁護士と大﨑弁護士が慰霊の旅に参加し、小島弁護士が各現地で、一家3人が発見された当時の状況等を参加者に説明しました。
各現地には多くのマスコミも取材に訪れ、小林日弁連会長の、「弁護士活動に対する業務妨害は決して許してはならないし、私たちは坂本弁護士一家事件を決して忘れてはならない」という言葉を報道してくれました。
慰霊の旅は、朝7時20分に東京駅を北陸新幹線で出発し長野駅へ、長野駅近くでレンタカーを借りて9時過ぎに出発、長野道、北陸道と高速道路をひたすら走って名立谷浜インターから一般道に下り、路肩から谷まで数百メートル切れ落ちているような山道を坂本弁護士の発見現場まで約30分登り、慰霊を終えたらまた険しい山道を下って短い昼食、再び高速に乗って魚津インターへ、魚津市のメモリアルを訪れた後は、また高速に乗って糸魚川インターで下り、そこから長野県白馬町まで延々登ってホテルに宿泊、翌日は朝8時にホテルを出発して大町ダムのメモリアルと、そこから約15分の距離にある龍彦ちゃんの発見現場を巡り、12時前に長野駅前のレンタカー屋に戻るという、二日の走行距離が約500キロにも及ぶ強行軍です。
2023年は日弁連会長が参加したこともあり、レンタカー4台、ジャンボタクシー1台という大所帯でした。そして、各現地には、市長、副市長や、メモリアルを維持管理してくださっている方々も参加してくれ、坂本弁護士一家が、事件から34年経った今も愛され、大切にされていることをあらためて実感できる旅となりました。
救う会のメンバー、そして当事務所の所員は、これからも坂本弁護士一家を偲ぶ慰霊の旅を続けていきます。






