コラム

猫を棄てる

弁護士 笠置 裕亮

文藝春秋2019年6月号に掲載された、村上春樹氏の特別寄稿のタイトルである。
村上氏の大ファン=「ハルキスト」であり、彼の著作は出た瞬間必ず読んでいる私はさっそく買って読んでみたが、驚くべき内容であった。
村上氏の父が2度目に徴兵され、所属していた第53師団は、1944年1月に私の祖父が所属していた第55師団、第54師団とともに第28軍として編成され、インパール作戦の陽動作戦に従事した。
第28軍司令官は、他の悪名高い司令官とは異なり、たまたま部下の命を大切にする考えを持った方であり(戦後は一切の公職に就かず、亡くなるまで慰霊の人生を全うします)、敗戦直前には無謀な突撃作戦ではなく、敵中逃亡作戦を選んだ。
その結果、隊が壊滅することはなく、約4割が生き残って帰国することができた。
村上氏の父が除隊されなければ、 間違いなく祖父とともにインパール作戦およびその関連の作戦に従事し、祖父とともに悲惨な経験をしていたのだろう。
村上氏の父と同様、私の祖父もまた、毎朝・夕の祈りを欠かさなかった。その後ろ姿や読経をあげる声色、先の大戦に関する書籍でいっぱいだった祖父の本棚を、懐かしく思い出す。
私が深く影響を受けた小説として、村上氏の代表作である「ねじまき鳥クロニクル」がある。彼が戦争の記憶と向き合う真摯な姿勢にはとても共感していたが、今回の記事に触れ、その理由が腑に落ちた。