コラム

幼稚園に戻りたい  【2022年事務所ニュース新春号】

弁護士  藤塚  雄大

 ある日突然、長年勤めていた会社を身に覚えのないことで解雇され、あらぬ悪評を地域にばらまかれたら、皆さんはどうするでしょうか。

 まさに悪夢のような事態に陥ったMさんは、愛する職場に戻るため、また、自分の名誉のために戦うことを選びました。

 

 学校法人Yが経営するキリスト教の教会を母体とするA幼稚園の園長として、労働契約を一年ごとに更新しながら長年勤務していたMさんは、2017年の秋、Y理事長から、2018年3月末日での雇止めを行うとの通告を受けました。

 Mさんの雇止めに反対する全職員の署名が理事会に提出されるなど、現場もMさんが園長であり続けることを望んでいましたが、理事会はこれも無視して、「世代交代」を表向きの理由にして雇止めを強行しました。

 その結果、Mさんは愛情を注いで働いてきた幼稚園から追われる形となりました。なお、法人側は雇止めの理由として「世代交代」を挙げていたにも拘わらず、Mさんの後に着任した新園長はMさんの一回り年上の方でした。

 

 Mさんには、園長として恥ずかしくない仕事をしてきた自負があり、追われる理由など思い当たりませんでした。愛情を注いできた園に戻りたいとの依頼を受け、当事務所の小島と藤塚で弁護団が結成されました。

 私たちは、2018年6月、雇止めは違法であり、Mさんが今もなおYとの間で労働契約上の地位にあることの確認を求める訴訟を横浜地裁に提起しました。

 雇止めを正当化したいYは、裁判中に、「Mさんが園長として働く中で給与のお手盛りを行った。」「親族でもある職員を不当に優遇した。」など、Mさんが稀代の悪党であるかのごとき主張を後付けで行いました。

 2020年2月26日、関係者の尋問など綿密な証拠調べを経て、横浜地裁は、Mさんの勝訴の心証を原被告に開示しました。そして、その心証に基づき、Mさんの復職を内容とする和解を勧告しました。

 しかし、YはMさんの復職を嫌がり、裁判所の勧告に応じず、和解は成立しませんでした。そこで横浜地裁は、Mさんの勝訴判決を下しました。判決書理由中には、Yの主張する、Mさんの雇止めを正当化する事由は認められないとの判断が示されています。

 その後、Yは横浜地裁判決を不服として控訴しました。さらに、あろうことか、Yの理事らは、「MさんがYを裏切って自らの懐を肥やしていた」「親族を不当に優遇していた」など、出たばかりの地裁判決で認められなかった主張を長々と記載した文書を、A園の母体の教会の総会にて配布し、教会員らに読ませました。

 Mさんは、園の職員である以前に、園の母体であるキリスト教の教会の信者であり、教会内に多くの友人がいました。しかし、このY理事らの文書配布により、「Mさんは園のお金で私腹を肥やす悪党である」との誤解が教会内で広まってしまい、Mさんの教会の人間関係は崩壊してしまいました。Mさんは、毎週通っていた教会に行けなくなってしまいました。

 そこで、私たちは、2020年7月、Y理事らの文書配布によってMさんの名誉が毀損されたとして、Y理事らに対し、慰謝料の支払い及び配布した文書の撤回及び謝罪を求める訴訟を横浜地裁小田原支部に起こしました。

 他方、2021年1月、地位確認訴訟控訴審が係属した東京高裁は、Yの控訴を棄却しました。その後Yは上告せずにMさんの完全勝訴判決が確定し、雇止めが違法でありMさんがYの園長としての地位を有していることが確定しました。

 私たちは、勝訴判決の確定を受け、改めて園への復職交渉を行いましたが、控訴審判決が確定してもなお、YはMさんに給与を払いはするものの、依然としてMさんの復職を嫌がり、決して復職に応じませんでした。

 そんな中、2021年3月24日、名誉毀損訴訟が係属していた横浜地裁小田原支部は、Mさんの請求を棄却する判決を下しました。まったくの不当判決でした。

 当然当方は判決を覆すべく控訴し、それまで以上に入念な準備を行って大部の書面を作成し提出したところ、控訴審が係属した東京高裁はすぐさまMさん逆転勝訴の心証を開示しました。そして、Mさんの主張が認められることを前提にY理事らがMさんの名誉を回復する文書を配布することを定めた和解が成立しました。

 このほかにも複数の法的紛争が各司法機関に係属していた本件ですが、すべてMさんの勝利となりました。最終的には、すべての始まりであった雇止め通告から4年後の2021年11月、MさんとYとの間で、Mさんが12月1日付でA園に復職する内容の和解が成立しました。

 Mさんは現在、復職を果たした園に出勤しています。報道もされ、また判例誌にも掲載されるなど、社会的にも司法界的にも注目された本件ですが、このようにして依頼者の正当な権利を守ることができました。